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最高裁判所第二小法廷 昭和42年(行ツ)35号 判決 1972年7月14日

上告人 国

訴訟代理人 香川保一 外五名

被上告人 大久保忠文

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告指定代理人青木義人、同藤堂裕、同本村善文の上告理由について。

被上告人に対する会計検査院の退職手当の支給は、判示支給準則一条二項本文に違反してされた違法なものである旨の原判決(付加のうえ引用する第一審判決を含む。以下同じ。)の判断は、原判決確定の事実ならびに判示関係法令に照らし、正当として首肯することができる。しかして、原判示の国家公務員等退職手当暫定措置法および同法施行令、とくに、同法附則四項および同施行令附則八項の文意および立法趣旨等をも勘案すれば、右八項にいう「法の規定による退職手当に相当する給与の支給」には、本件被上告人の場合のように、前記支給準則一条二項本文の規定により手当を支給してはならない場合であるにかかわらず誤つてされた手当の支給は、含まれないと解するのが相当である。

所論は、ひつきよう、右説示と異なる見解を主張するか、または、これを前提として原判断の違法を主張するものであり、いずれも理由がなく、採用することはできない。

よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

(裁判官 村上朝一 色川幸太郎 岡原昌男 小川信雄)

上告指定代理人青木義人、同藤堂裕、同本村善文の上告理由

第一点原判決は、昭和二二年三月二九日給発第四七五号「退官、退職手当支給準則」(以下、支給準則と略称する。)の解釈を誤り、この点、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違背がある。

一、原判決は、支給準則は被上告人のように会計検査院を退職して衆議院の専門調査員として就職する場合にも適用があるものと解し、その理由として、要旨次のとおり判示している。

(一) 支給準則第一条第二項本文にいう「勤務庁を変更した場合」とは、本来、同一機関、すなわち政府職員相互間または国会職員相互間の転職を予想するものと解せられるが、昭和二二年三月二九日閣議決定「退官、退職手当支給要綱」(以下、支給要綱と略称する。)および支給準則が国家公務員の退職手当に関する統一的基準の樹立という構想の下に制定された由来に照らせば、同一機関内における転職と他機関への転職とを別異に取り扱わねばならない合理的根拠は見出しがたい。

(二) 現行憲法下にあつては、一般的に国会職員を「官吏」ということはできないが、支給要綱および支給準則にいう「官吏」を現行憲法下の概念のみから考察することは相当でない。したがつて、実質的考察なしに単に「官吏」の形式的概念のみでは、支給準則第一条第二項本文の他機関への転職者に対する適用を否定する合理的根拠とはなしがたい。

(三) 国会職員法第七条末尾の「官吏又は国会職員」の「国会職員」にはなんら限定的修辞はふせられていないから、これを「一般の国会職員」に限定して解釈せねばならぬ理由はない。

原判決の趣旨とするところは、右要約したところから明らかなとおり、すべて支給要綱および支給準則の適用について、同一機関内における転職と他機関への転職とを別異に取り扱わなければならない解釈上の根拠がないことを、当時の実定規範の仕組みと合理性の面から判断したものと解せられる。

二、しかし、当時の実定規範の構成は、次に述べるとおり、原判決の右のような解釈を許容するものではない。

支給準則の解釈については、新憲法の制定、施行に伴う、法律体系の根本的変革を無視することはできないところであるが、新憲法施行により、三権分立の建前から従来官吏とされていた国会職員については、「議院事務局法(昭和二二年法律第八三号)」および「国会職員法(昭和二二年法律第八五号)」が制定されて官吏と別系統の職員とし、これらの法律は国会法施行の日(昭和二二年五月三日)から施行された。そして常任委員会専門調査員は「常任委員長の申出により、事務総長が、議長の同意を得てこれを任免する。」(議員事務局法一一条一項)のであるが、この専門調査員は、事務総長と同様に他の国会職員とは異る取扱を受けていた。すなわち、事務総長および常任委員会専門調査員以外の国会職員については当時の国会職員法第三条ないし第五条においてそれぞれ任用資格が定められているのに反し、事務総長と専門調査員についてはその定めはなく、また同法第七条により他の国会職員については官吏との相互の異動につきそれぞれの資格に応じて同等の条件で身分を転ずることができることとされているのに、事務総長と専門調査員はこの取扱から特に除外されていたのである。ところで国会職員法第八条において「官吏としての在職年は、両議院の議長が協議して定める規程により、これを国会職員としての在職年とみなす。」と規定され、この規定をうけて、昭和二二年八月一二日両院議長において「官吏としての在職年を国会職員としての在職年とみなすことに関する規程」(以下、二二年規程と略称する。)が協議決定され、国会職員法施行の日から適用されることになつたわけであるが、右二二年規程は国会職員法第七条において事務総長および専門調査員以外の国会職員につき官吏からその資格に応じ同等の条件で身分を転ずることができる旨を規定していることに照応して設けられたものであるから、同規程においては事務総長および専門調査員は除外され、これらについては在職年のみなし規程は定められなかつたのである。なお、右二二年規程は本来国会職員の任用資格に対する関係において設けられたもので、それが退職手当の支給に対する関係において適用があるものかどうかは問題であつて、前記の退官退職手当支給準則の解釈上国会職員という別系統の職員についても、ただ事務総長および専門調査員以外のものには右二二年規程を根拠に在職の継続性を認め退職手当を支総しない場合に該当すると解する余地もなくはないであろうが、事務総長および専門調査員についてはかかる解釈を容れる根拠さえなかつたのである。ところが、退職手当の支給に関しては、その後昭和二三年八月二七日両院議長の協議決定により前記二二年規程を改正する「官吏としての在職年を国会職員としての在職年とみなすことに関する規程」が制定され、第一条および第二条において任用資格に関する在職年のみなし規程をおき、次に第三条において「官吏及び待遇官吏としての在職年は、官吏から引続き国会職員にその身分を転じた者に対する退職手当の支給については、これを国会職員としての在職年とみなす。」旨の規定が置かれて、同規程は昭和二三年七月五日から適用されることになつた。したがつて右適用日以降においては事務総長および専門調査員以外の国会職員について退職手当の支給に関し官吏の在職年数が通算されることが明確にされるとともに、右第三条においては国会職員から事務総長および専門調査員を除外していないから、これらについても等しく官吏の在職年数が通算されることとなつたわけである。ところが、被上告人は右改正規程の適用日以前たる昭和二二年九月二五日会計検査院を退職して衆議院常任委員会専門調査員に任命されたのであるから、退職手当の支給に関する右改正規程の適用を受ける余地はなかつたのである。そしてかように退職手当の支給に関して官吏としての在職年を国会職員としての在職年とみなされない以上、前記支給準則の適用において、会計検査院を退職した際に所定の退職手当を受け得る地位にあつたものというべく、したがつて会計検査院がその当時退職手当を支給したのは当然なことであつて、なんら違法不当な取扱いではなかつたのである。

しかして、被上告人が昭和三〇年一〇月三一日衆議院を退職した当時においては、「国家公務員等退職手当暫定措置法(昭和二八年法律第一八二号、昭和三〇年法律第一三三号による一部改正)」(以下、暫定措置法と略称する。)が適用されるわけである。そして被上告人に対しては、同法にもとづき退職手当として六一四、四〇二円が支給された(同法附則六項該当)。ところで、この退職手当の算出における在職期間の算定については同法附則第四項、同法施行令(昭和二八年政令第二一五号)、および同施行令の一部を改正する政令(昭和二九年政令第一二号)附則第八項が適用され、右改正政令附則第八項は「職員が退職に因り法の規定による退職手当に相当する給与の支給を受けているときは、当該給与の計算の基礎となつた在職期間は、その者の職員としての引き続いた在職期間には、含まないものとする。」と規定された。そして会計検査院退職当時支給された前記退官退職手当支給準則に基づく退職手当も右の「法(国家公務員等退職手当暫定措置法を意味する。施行令第一条参照)の規定による退職手当に相当する給与」に該当することは明らかであるから、右施行令附則第八項に則り会計検査院在職期間は退職手当算定に当つての在職期間から除算さるべきものである。したがつて、衆議院が右に則り被上告人に対し退職手当として、前記金員を支給したのは当然な措置であるといわなければならないのである。

第二点かりに、上告人の右第一点の主張が認められないとしても、原判決は、暫定措置法施行令附則第八項の解釈を誤り、この点、判決に影響をおよぼすことが明らかな法令の違背がある。

一、原判決が被上告人について本件退職手当金債権を認めた理由の要旨は、「被上告人の本件転職についても、支給準則第一条第二項の適用があるから、会計検査院の退職手当支給は、法令の根拠を欠く違法な措置である以上、右退職手当暫定措置法施行令附則第八項にいう『法(暫定措置法)の規定による退職手当に相当する給与』に該当するものとはいえないから、被上告人の衆議院退職時の退職手当に関し、右附則所定の除算はなされるべきではない。」というのである。

二、しかし、原判決が、右のように、違法な退職手当支給は、それが違法であるということだけで、直ちに、暫定措置法施行令附則第八項にいう右給与に該当しないと判断したことは以下述べるとおり、同項および支給要綱、支給準則の解釈を誤つたものというべきである。

(一) 右附則第八項は、退職々員がすでに暫定措置法の規定している退職手当に相当する給与の支給を受けている場合について定めているのであつて、右退職手当の支給が適法であることまでを要求しているものではない。このことは同項の文理解釈としていえることであると同時に、次に述べる同項の立法趣旨からも亦明らかなところである。

(二) 右附則第八項は、退職手当額を算定する方法として在職期間の通算という定型的な制度を採用したため、これによつて生ずる経済的利益の不均衡を調整しようとするものである。すなわち、中途退職の際に退職手当の支給を受けた者は、それだけの利益を享受しているため、最終退職の際に新旧両庁における在職期間の通算を認めるとすれば二重の利益を与えることとなる。そこで、支給された退職手当の算定基礎在職期間を除算して、かかる経済的二重利益の賦与をさけようとするのが右附則第八項の趣旨である。

(三) ところが、原判決が判示するとおり、被上告人に対する会計検査院の退職手当の支給が仮りに違法であるとしても、そのことから直ちに実質的に退職手当の支給がなかつたとまでいいうるものではない。すなわち、支給行為自体が違法であるかどうかという法的評価の問題は支給により受けた現実の経済的利益の有無とそれの最終退職手当の取扱への影響の有無とは一応切り離して考えなければならないものである。

(イ) もとより、違法な退職手当支給が違法であることによつて、不当利得の法理により現実にこれを返還し、または返還を請求される関係にある場合には、支給を受けた者の現に保有する利益は無に等しいものであるから、かかる場合の違法な退職手当支給は、右附則第八項にいう前記給与に該らないというべきであろう。

(ロ) ところで、被上告人が会計検査院を退職した当時の退職手当に関する支給要綱および支給準則は、現行の国家公務員等退職手当法と異なり、退職手当が支給される場合においても支給行政庁に大幅な裁量権を認められ、したがつてその支給行為の前提として、行政処分としての支給決定が伴うものと解さざるをえないわけである。そうだとすれば被上告人が不当利得の法理により現実にこれを返還し、または返還を請求される関係にあるといえるためには、行政処分たる右支給行為が当然無効といえる場合でなければならないわけである。しかるに本件支給行為はそれが違法であるとしても、これがために直ちに無効となるものではない。すなわち、次の理由により、右支給行為に重大かつ明白な瑕疵があつたとまではいえないのである。

被上告人に対して会計検査院が退職手当を支給した当時の根拠規定たる支給要綱ならびに支給準則は、先にも触れたとおり昭和二五年五月四日制定公布された「国家公務員等に対する退職手当の臨時措置に関する法律」以降の退職手当が支給を受ける者にとつて法律に基づく一定額の退職手当請求権として確立されているのと異り、支給要綱ならびに支給準則による退職手当は、多分に恩恵的な給与としての性格が強く、法的に、退職手当の支給義務があるものか、またこれを請求する権利が認められるものかどうかすら明瞭を欠くものであつた(小嶋一郎、新給与ベースに於ける退職手当法解説一一頁)。

なお、このことは支給要綱ならびに支給準則の文言自体が右の権利性について不明確であつたためであつて、支給要綱ならびに支給準則が「日本国憲法施行の際現に効力を有する命令の規定の効力等に関する法律」によつて、形式的には法律と同一の効力を有するものとされたこととは無関係である。

右のとおりであるから、支給要綱ならびに支給準則に準拠して支給された退職手当は、明確な法規に違反して支給されたものであると即断することはできないのみならず、本上告理由第一点において述べたところからも明らかなように本件支給が違法であつたとしても、これが明白な暇疵であるとまではいえないことは多言を要せずして明らかなところであろう。

(四) なお、本件につき、被上告人は、被上告人が主張するような通算の利益を受けられないことによつて、法律上考慮さるべき不利益を受けたことになるであろうか。

中途退職して再び職員となつた者が、中途退職の際に適法に退職手当を受けていた場合のその退職手当額と、中途退職の際に退職手当の支給を受けずに最終退職の際に在職期間の通算がなされて退職手当額が算定された場合、観念的にその額のうち中途退職前の在期職間のみを基礎として算出しうる額とは、法律上は等価値とされているのである。けだし、このことは、右附則第八項が単純に中途退職前の在職期間を除算することによつて前記調整をはかつていることから明らかであろう。そうだとすれば、法的には、被上告人に対する前記支給が適法であるかどうかに拘らず、最終退職の際に中途退職前の在職期間を通算したのと同様の経済上の利益を享受していることになるものといわなければならないのである。しかして、最終退職の際に、右利益を、貨幣価値の変動や、中途退職時より最終退職時まで通常の方法によりそれを運用した場合の利益等を考慮して合理的に評価し、中途退職の際に退職手当の支給を受けた者が最終退職の際に支給を受けるべき退職手当はその支給された退職手当の算定基礎在職期間を除算するのが当然のことである。

以上のとおりであるから、中途退職の際に、違法な退職手当の支給を受けた者について、最終退職の際に前記附則第八項を適用しても、法律上は、新旧両庁在職期間通算の利益を奪うことにはならないのである。従つて、上告人が、同項を適用し被上告人の最終退職の際に、被上告人主張のとおりの額の退職手当を支給した以上、被上告人に対する退職手当をすべて支給したのであつて、その余に支給義務はないといわざるをえない。

【参考】退職手当金請求控訴事件

控訴人 大久保忠文

訴訟代理人 富永進

被控訴人国

訴訟代理人 藤堂裕 外二名

東京高裁 昭和四一年(行コ)第五〇号 昭和四二年二月一〇日判決

主文

原判決を取消す。

被控訴人は控訴人に対し金二百三十九万七干八百九十八円及びこれに対する昭和三十年十一月一日以降完済に至るまでの年五分の金員を支払え。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は主文と同旨の判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張、証拠の提出、援用及び認否は、控訴代理人において「控訴人は昭和三十五年十月三十日衆議院事務総長に対し、控訴人が同三十年十月三十一日同院常任委員会専門調査員を退職したことによる退職手当金として、さきに会計検査院退職の際支給された九万八千百円及び衆議院退職の際支給された金六十一万四千四百円を差引いた金二百三十九万七千九百円を控訴人に支払うよう催告した。然るに被控訴人は右催告に応じないので控訴人は同三十六年四月二十日原審裁判所に対し右金員の支払を求めるため本訴を提起した。よつて控訴人の被控訴人に対する本件退職手当金支払請求権の時効は右請求により中断された。」と述べ、被控訴代理人において「控訴人の主張どおり催告及び訴提起のあつたことは認める。」と述べた外は原判決事実摘示と同一であるから右記載をここに引用する。

理由

原判決挙示の各証拠を綜合、審究すると、被控訴人は控訴人が昭和三十年十月三十一日衆議院常任委員会専門調査員を退職したことにより同人に対し退職手当金として金三百十一万四百円を支払うべき義務を負担したものと判断される。その理由は原判決理由欄の冒頭(原判決書十二丁表三行)より同十四丁裏七行目迄(但し「三、一一〇、四〇〇円」まで)において説示するところと同一であるから右記載をここに引用する(但し、原判決書十三丁表八行目の「会計検査」の次に「院」を挿入する)。

而して本件退職手当金債権は控訴人の前記衆議院退職と同時に発生し、控訴人において右退職時にこれが請求をなし得ない事情にあつたとは認められない(履行期については法令に特段の規定はない)から、会計法第三十条、第三十一条によつて右退職時より五年の経過を以つて時効消滅すべきものというべきところ、控訴人は前示期間経過前である同三十五年十月三十日衆議院事務総長に対し右金員より会計検査院退職の際支給された金九万八千百円及び衆議院退職の際支給された金六十一万四千四百円を差引いた本訴請求金額についてこれが支払を催告し、右催告より六ヵ月以内である同三十六年四月二十日原裁判所に本訴を提起したことは当事者間に争いがないから、右事務総長に対する催告により本訴請求金額に関する限り右退職手当金債権の時効は中断されたものというべきである。被控訴人の時効の抗弁は理由がない。

以上によれば控訴人が被控訴人に対し請求し得べき退職手当金三百十一万四百円より衆議院退職時に受取つたことを自認する金六十一万四千四百二円を差引いた金額の範囲内たる金二百三十九万七千八百九十八円及びこれに対する退職日の翌日たることの明らかな同三十年十一月一日以降完済までの民法所定の年五分の遅延損害金の支払を求める控訴人の本訴請求は理由があるからこれを正当として認容すべきである。

よつて右と結論を異にする原判決は不当であるから、民事訴訟法第三百八十六条により原判決を取消し、訴訟費用の負担につき同法第九十六条、第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 毛利野富治郎 裁判官 石田哲一 裁判官 安国種彦)

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